金価格の上昇が続くなか、多くの投資家が改めて金への注目を強めています。しかし、日本で金取引を始める際には、あまり知られていない“独自のルール”に注意が必要です。
実は、日本の金市場では、世界の常識とは異なる制度や慣行が存在するのをご存じでしょうか。これらを知らずに投資を始めてしまうと、思わぬ損失を招いたり、本来得られたはずの利益を逃してしまう可能性もあります。
本記事では、日本の金取引に特有の消費税の仕組みや価格設定方法など、投資家が知っておくべきポイントをわかりやすく解説します。金投資でチャンスを確実にものにするために、まずは制度の違いを正しく理解しておきましょう。
金投資をするうえで、税制度の違いは見逃せない要素です。特に日本では、他国とは異なる消費税の取り扱いが存在し、投資判断や利益に大きな影響を与える可能性があります。
日本で金を取引する際にまず知っておきたいのが、「消費税がかかる」という特徴です。現在、日本では金の売買に対して10%の消費税が課されます。これは他の商品と同じ扱いですが、実は世界的に見ると珍しい制度です。
多くの国では、投資用の金地金や金貨は「マネタリーゴールド(monetary gold)」として通貨に近い位置づけにあり、消費税や付加価値税(VAT)の対象外となっています。そのため、金の購入に税金がかからないのが一般的です。
では、なぜ日本では金に消費税がかかるのかというと、その背景には行政上の管轄の違いがあります。日本では金取引を監督するのは金融庁ではなく、経済産業省です。もし金融庁の管轄下であれば、他の金融商品と同じように非課税となっていた可能性もありますが、経済産業省の所管であるため、金は商品として扱われ、消費税の対象になっているのです。
日本で金取引に消費税がかかるという特徴は、残念ながら不正行為の温床ともなっています。消費税のない国・地域で金を購入し、日本に密輸して消費税込みの価格で売却すれば、10%の差額が不正な利益となるためです。
この問題は消費税率の引き上げとともに深刻化してきました。2014年に消費税率が5%から8%に引き上げられた後、金密輸は急増し、2017年には1347件もの摘発がありました。2019年の10%への引き上げ後も、状況は改善していません。
日本独自の消費税制度は、正規の取引だけでなく、違法な金密輸の温床にもなっています。特に近年は、金価格の高騰とともに密輸行為が巧妙化・増加しており、深刻な問題となっています。
国税庁によれば、金密輸は「金を隠匿して日本国内に持ち込むことによって内国消費税の納税を回避し、消費税額相当分を利益として獲得する」目的で行われています。
金密輸の規模は、2017年には摘発件数が1347件、押収量が約6.3トンに達しました。その後、「ストップ金密輸」緊急対策や新型コロナウイルスの影響で一時的に減少したものの、訪日外国人の回復と金価格の上昇により再び増加傾向にあります。2023年の摘発件数は前年比81%増、押収量は約8.1倍となっています。
近年の金密輸は手口が巧妙化しています。粉末状にした金を身体に隠す手法、ICチップに偽装する方法、機械部品内に隠匿するケースなど、様々な手段が使われています。
これに対応するため、税関では検査機器の整備や検査体制の強化が進められています。罰則も厳しく、関税法上の罰則として5年以下の懲役もしくは金価格の5倍の罰金、またはその両方が科されることがあります。
日本で金を購入・売却する際には、価格の決まり方にも注意が必要です。国際市場とは異なる方式が採用されており、取引のタイミングによって損得が分かれることもあります。
日本の金取引におけるもう一つの特徴は、「一日固定価格制度」です。金の国際価格は24時間変動していますが、田中貴金属や徳力本店といった日本の地金商は午前9時半に決めた小売価格をその日一日の固定価格としています。例えば、午前9時半の時点で金1グラムの価格が1万5088円だった場合、その日は終日その価格で取引されます。
市場価格が急激に変動した場合は例外的に価格が改定されることもありますが、通常は一日中価格が変わりません。この背景には、地金商が市場価格より若干高い価格(通常は1グラムあたり40〜60円高)で売り、逆に市場価格より若干安い価格(通常は1グラムあたり40〜60円安)で買い取るという商慣行があります。この価格差が、市場の急変時のバッファーとなっているのです。
この固定価格制度は、価格変動に敏感な投資家にとっては不利に思えるかもしれません。しかし、多くの一般消費者にとっては価格の透明性が高く、一日のうちにいつ取引しても同じ条件で購入・売却できるというメリットがあります。
日本と海外では、金の重量表示にも違いがあります。日本では主にグラム(g)が使用されるのに対し、国際市場ではトロイオンス(troy oz)が一般的です。1トロイオンスは約31.1035グラムで、これは一般的なオンス(約28.34グラム)とも異なります。
日本の法律では、「トロイオンス」は金貨の重さの表示にのみ使用が許可されている特殊な計量単位です。このため、日本の金地金取引では基本的にグラム表示が用いられています。
金取引に関する税制
金を売却して利益が出た場合、その収益には課税義務が生じる可能性があります。日本の税制度では、取引の頻度や目的に応じて課税方法が変わるため、正確な知識が求められます。
日本で金を売却して利益が出た場合、その取引の状況に応じて「譲渡所得」「雑所得」「事業所得」のいずれかに区分されます。一般的なサラリーマンなどが時々金を売買する場合は「譲渡所得」として扱われることが多いでしょう。
譲渡所得の場合、年間50万円までの特別控除があり、それを超える分が課税対象となります。また、保有期間によって課税額も変わります:
・短期譲渡(保有期間5年以内):
例)3年前に100万円で購入した金を200万円で売却した場合
課税対象額:200万円−100万円−50万円(特別控除)=50万円
・長期譲渡(保有期間5年超):
例)10年前に100万円で購入した金を200万円で売却した場合
課税対象額:(200万円−100万円−50万円)×1/2=25万円
長期保有の場合は課税対象額が半分になるため、税制上有利になります。
一方、頻繁に取引する場合や営利目的で継続的に取引する場合は「雑所得」として扱われ、計算式は「総収入金額−必要経費」となります。
2012年より、200万円を超える金・プラチナ・金貨の売却があった場合、金取扱業者は税務署に「支払調書」を提出することが義務付けられています。2016年からはマイナンバー制度の導入に伴い、支払調書にはマイナンバーも記載されるようになりました。
この制度は、金取引による所得の把握と適正な課税を目的としています。投資家は売却時に適切な申告が求められます。
金は財産であるため、相続や贈与の対象となります。評価額は、被相続人が死亡した日(相続の場合)または贈与日(贈与の場合)の時価となります。ただし、相続または贈与により取得した金を売却した場合の取得価額は、相続または贈与の計算時の価額ではなく、被相続人または贈与者の取得価額を引き継ぐことになります。
日本の金取引における消費税制度は密輸問題の一因となっており、一部で見直しを求める声もあります。しかし、金取引への課税は日本だけの制度ではなく、韓国や中国も同様に課税し、アメリカでも州によっては課税されています。一方でEU諸国やシンガポール、香港などでは、投資用金地金は非課税となっています。
最近では金取引のデジタル化も進行しており、金ETFや金関連デジタル資産など、現物を保有せずに投資できる選択肢が増えています。これらは消費税の対象外となるため税制上有利ですが、有事の際の安全資産として現物金の需要は根強く、デジタル商品の多くも最終的には実物の金を裏付け資産とするため、実物取引がなくなることはないでしょう。
当面は税関の取締り強化と罰則の厳格化が続くと見られます。将来的な制度変更の可能性はありますが、税収確保が政府の優先課題である以上、短期的な非課税化は期待しにくいかもしれません。
日本の金取引には、消費税の課税、一日固定価格制度、独自の税制など、世界の標準とは異なる特徴があります。特に消費税制度は金密輸の誘因となっており、対策が急務となっています。
一方で、日本の金取引制度には透明性の高さや安定性といった側面もあります。投資家として金取引をする際には、これらの日本特有の制度や慣行を理解し、適切に対応することが重要です。
金価格が高騰を続ける今日、投資対象としての金の魅力は高まっています。その上で、日本特有の取引環境を理解することは、投資判断の質を高めることにつながるでしょう。
【出典】
税関 金密輸の取締強化について
https://www.customs.go.jp/mizugiwa/gold/reinforce.htm
三菱UFJ eスマート証券 金融/証券用語集
https://www.jgma.or.jp/information/market/
国税庁 金地金の譲渡による所得
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3161.htm
三菱マテリアル 支払調書
https://gold.mmc.co.jp/faq/paymentrecord.html#title
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