本は資源に乏しい国だと考えられがちですが、実は私たちの身の回りには、莫大な量の貴金属資源が眠っているのをご存じでしょうか。スマートフォンやノートパソコン、家電製品などには、金や銀、パラジウムといった貴金属やレアメタルが多く含まれており、適切に回収・再利用することで、新たな資源として活用できます。
こうした考え方は「都市鉱山」と呼ばれ、限られた資源を有効に使うための重要な取り組みとして注目されています。
さらに日本では、銅や亜鉛の製錬過程において金を副産物として回収する高度な技術も確立されており、リサイクルと製錬の両面から金属資源を取り出す体制が整っています。
本記事では、日本の都市鉱山の実態と、金のリサイクルで高い技術を持つ日本企業の製錬・回収技術を紹介します。これまで見過ごされてきた日本の金属資源のポテンシャルと、それを支える技術力への理解が深まるはずです。
日本における都市鉱山の概念は、近年急速に注目を集めるようになりました。特に2021年の東京オリンピックでは、使われなくなったスマートフォンやパソコンから回収した金を使って金メダルを作製したことで、世界的に話題となりました。
国立研究開発法人物質・材料研究機構の調査によると、日本の都市鉱山には約6800トンもの金が眠っていると推計されています。これは世界の金埋蔵量の約16%に相当する量であり、さらに銀に至っては約6万トンで、世界埋蔵量の22%にも達します。
他の金属についても、インジウム16%、スズ11%、タンタル10%など、世界埋蔵量の一割を超える金属が多数あることが分かっています。天然資源国と日本の都市鉱山を比較すると、金、銀、鉛、インジウムについては、日本が世界最大の「資源国」となり、銅は世界2位、白金とタンタルは3位という位置づけになるのです。
都市鉱山の最大の特徴は、天然の鉱山と比べて金属の「濃度」が格段に高いことです。環境省のデータによると、天然の金鉱石1トンに含まれる金はわずか3〜5グラムに過ぎません。これに対し、携帯電話1トンからは約280グラムもの金が採取できるとされています。
天然鉱山と都市鉱山における金含有量の比較
【出典】環境省 小型家電に含まれる金・銀・銅(1台あたり)をもとに作成
このデータからも明らかなように、都市鉱山からの金回収は、天然鉱山からの採掘と比較して効率性が高いだけでなく、環境への負荷も大幅に低減できるという大きな利点を持っています。
日本が都市鉱山大国である理由は、単に廃電子機器などの蓄積量が多いだけではありません。それらから効率よく貴金属を回収する高度な技術を持っていることも大きな要因です。
日本の製錬会社の多くは、かつての鉱山採掘・製錬事業で培った技術を応用し、さまざまな不純物が混じったリサイクル材料から高純度の金を回収することに成功しています。特に、コンピュータや携帯電話、自動車や家電の中の電子部品に使われている微量の金を効率よく回収する技術は、世界最先端と言われています。
リサイクルの代表例として、素材メーカーである新日本電工の取り組みが挙げられます。同社の鹿島工場では、自治体などで焼却したゴミの灰を専用の電気炉で溶かして資源化する事業を行っています。この過程で生成される金属(溶融メタル)の中には、1トンあたり最大で約90グラム、平均で約40グラムもの金が含まれており、これは天然金鉱石の10〜20倍にも達します。
同工場は東京23区を含む主に首都圏の94団体から年間8万4000トンの一般ゴミ焼却灰を受け入れ、産業廃棄物を合わせて年間10万トンの焼却灰を溶融・資源化しています。
都市鉱山からの金回収プロセスは、一般的に以下のような流れで行われます。
特に最後の精製プロセスでは、日本企業の高度な技術が活かされています。例えば、塩素ガス処理や溶媒抽出法など、高度な化学処理技術を駆使することで、99.99%以上という高純度の金を回収することが可能になっています。
日本における金生産の特徴として、「副産物」としての生産が挙げられます。日本では金鉱石から直接金を採掘する鉱山は菱刈鉱山など限られていますが、銅や亜鉛などの非鉄金属の製錬過程で副産物として金を回収する技術が発達しています。
三菱マテリアルでは、銅の製錬過程で副産物として年間30〜40トンもの金を生産しており、以下のようなプロセスで金を回収しています。
住友金属鉱山は亜鉛の精錬技術にも強みを持っており、亜鉛鉱石の処理からも貴金属を回収しています。日本貴金属協会理事の池水雄一氏によれば、住友金属鉱山では亜鉛鉱石から回収される金も重要な生産源になっているとのことで、これらの製錬技術は、都市鉱山からの金回収にも応用されており、日本の金生産技術の基盤となっています。
都市鉱山の活用は、単に経済的な価値だけでなく、環境保全の観点からも重要な意義を持っています。
日本は天然資源に乏しく、多くの金属資源を輸入に頼っています。都市鉱山の活用は、こうした資源依存度を下げ、資源安全保障の強化につながります。特に希少金属や貴金属については、国際情勢の変化による供給不安や価格高騰のリスクを軽減する効果が期待できます。
天然鉱山の開発は、自然破壊や水質汚染などの環境問題を引き起こす可能性があります。一方、都市鉱山の活用は、こうした環境負荷を最小限に抑えつつ、貴重な金属資源を得ることができます。また、適切なリサイクルは廃棄物の削減にもつながり、循環型社会の構築に貢献します。
都市鉱山の活用には大きな可能性がある一方で、いくつかの課題も存在します。
都市鉱山を活用するには、貴金属を含む使用済み製品を効率よく回収するシステムの整備が不可欠です。現状では、多くの電子機器が適切にリサイクルされず、都市鉱山としての価値が十分に活かされていません。官民一体となった回収システムの構築と、消費者への啓発活動が求められています。
より効率的かつ環境負荷の低い回収・精製技術の開発も重要な課題です。特に、複雑な構造を持つ最新の電子機器からの貴金属回収技術は、今後も進化が必要とされる分野です。日本企業の高度な技術力を活かし、さらなる技術革新が期待されています。
日本の都市鉱山は、資源輸入国としての印象とは対照的に、世界でも有数の金保有量を抱えています。約6800トンもの金が眠る都市鉱山と、それを効率よく回収する高度な技術力は、日本の貴重な財産と言えるでしょう。
また、銅や亜鉛などの非鉄金属製錬における副産物としての金生産も、日本の特徴的な金生産方法として重要な位置を占めています。三菱マテリアルや住友金属鉱山などの企業が持つ高度な製錬技術は、都市鉱山からの金回収にも応用されています。
今後、資源の枯渇や環境問題が深刻化する中で、都市鉱山の重要性はさらに高まると考えられます。日本が持つ都市鉱山と金リサイクル技術が、国内金生産の拡大に大きく貢献することが期待されます。
【出典】
国立研究開発法人 物質・材料研究機構アーカイブ
https://archive.nims.go.jp/news/press/2008/01/p200801110.html
環境省 小型家電に含まれる金・銀・銅(1台あたり)
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin_backnumber/issues/17-11/17-11d/tokusyu/2.html#main_content
三菱マテリアル 銅電解の工程
https://www.mmc.co.jp/naoshima/process/electrolysis_plant.html
新日本電工 焼却灰資源化事業
https://www.nippondenko.co.jp/ourbusiness/environment/em/
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