2025年10月、来日したドナルド・トランプ米大統領は高市首相と会談し、重要鉱物と希土類(レアアース)の安定供給を強化するための新たな協定に署名しました。
この協定は、エネルギー転換や先端産業に不可欠な鉱物資源をめぐり、日米両国がサプライチェーンの多様化と脱・中国依存を進める狙いがあります。そこで本記事では、レアアース協定の内容と締結に至る背景、米国が資源国ではない日本をパートナーに選んだ理由を解説します。
2025年10月に署名された日米レアアース協定は、両国が採掘から精製・加工までの一連のサプライチェーン全体で協力する実務的な枠組みです。
ホワイトハウスが発表した共同声明によると、この協定はエネルギー安全保障と産業競争力の強化を目的としており、次のような取り組みが盛り込まれています。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
両国は、レアアースやリチウム、コバルト、ニッケルなどの重要鉱物について、採掘・処理・精製の各段階で協力を深めます。これには、国内および同盟国における精製施設の整備支援、環境配慮型の採掘技術の導入、透明性の高い供給網の構築などが含まれています。
両国は、それぞれの資金支援メカニズムや備蓄制度、貿易措置を連携させることで、重要鉱物の安定供給を確保します。また、官民双方による共同投資を促進し、供給リスクが高い鉱物の備蓄拡充や、サプライチェーンに関わる企業の資金調達支援も進めていく方針です。
リサイクル技術や代替素材の開発を通じて、循環型経済の構築と重要鉱物の再資源化を推進します。これにより、採掘依存を抑えつつ、資源を持続的に利用できる体制を整備する方針です。また、EV、再生可能エネルギー、防衛産業、次世代原子炉などの戦略分野に必要な素材の安定供給を確保し、脱炭素社会とエネルギー安全保障の両立を目指します。
日米両国が今回のレアアース協定を締結した背景には、中国の輸出規制強化による供給リスクの高まりと、米国が進めるサプライチェーン再構築の動きがあります。
2025年10月、中国商務部は「レアアース品目および関連技術の輸出管理に関する決定(公告第61号・第62号)」を発表しました。
これにより、中国原産のレアアースを海外へ輸出する場合や、採掘・製錬・分離・磁性材料製造・リサイクルなどに関する技術を提供する場合には、商務部の輸出許可を取得することが義務付けられました。軍事利用の恐れがある取引や、輸出管理リストに掲載された企業・組織への供給は原則として禁止され、規制は即日施行されています。
こうした動きは、世界のサプライチェーンに即座に影響を与え、特に米国では安全保障上の懸念が一層高まる結果となりました。
米国の戦略国際問題研究所(CSIS)によると、中国はすでに世界のレアアース採掘の約70%、分離・加工の90%、磁石製造の93%を担っています。こうした圧倒的なシェアを背景に、中国が輸出管理を強化したことは、米国にとってサプライチェーンの安全保障上の重大な脅威と受け止められています。
特にレアアースは、航空機、潜水艦、ミサイル、レーダーなどの防衛装備品に欠かせない素材であり、米国は「中国の供給制限が自国の防衛生産を直撃しかねない」と強い警戒感を示しています。
トランプ政権は、中国によるレアアース支配を「戦略的リスク」と位置づけ、急速に対抗措置を進めています。中国が輸出規制を発表した直後、トランプ大統領はアジア歴訪を開始し、日本をはじめマレーシア、タイ、ベトナム、カンボジアなど各国と相次いで合意文書を締結しました。BBCの報道によれば、これらの協定はレアアースや重要鉱物の供給網を多様化し、中国依存を減らすことを目的としています。
その中でも、2025年10月に東京で行われた高市首相との会談では、「日米間の採掘・加工を通じた重要鉱物・希土類元素の供給確保に関する枠組み」が正式に署名されました。これは採掘から分離、磁石製造までを対象とした包括的な協定であり、米国企業を優先的に扱う輸出ルールや、現地での精製施設建設支援といった実務的な取り組みも含まれています。
一方で、ワシントン・ポスト紙は、米国が一部の鉱物を中国以外から調達できるようになったものの、依然として加工の多くを中国に依存していると指摘しています。専門家によれば、完全な自立には数年単位の時間と巨額の投資が必要であり、今回の一連の取り組みは「脱・中国依存」への第一歩にすぎません。こうした政策は、資源確保を国家戦略の中核に据える米国の地政学的な転換を象徴しています。
中国依存脱却を図る米国が、資源の乏しい日本と重要鉱物に関する協定を結んだ背景には、日本が長年にわたって築いてきた供給体制と技術力への高い信頼があります。
・政府機関と民間企業が一体となって築いてきた供給モデル
・先進技術と国際協力による強力なサプライチェーン
それぞれ詳しく解説します。
日本は、資源の乏しい国でありながら、官民が連携して安定供給の仕組みを築いてきました。その中核を担うのが、2004年に設立されたJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)です。JOGMECは、海外鉱山開発への出資支援や債務保証、リスクマネーの供給、探査・製錬技術の提供などを通じて、民間企業が資源開発に参入しやすい環境を整えてきました。
また、日本政府はレアアースを「戦略的資源」と位置づけ、備蓄制度の強化やリサイクル技術への投資を進めてきました。経済産業省の資料によると、こうした取り組みの結果、中国への依存度は2010年の約85%から2023年には約58%へと大幅に低下しました。さらに、オーストラリアやベトナムなど複数国との協力により、多層的な供給ネットワークを形成し、地政学的リスクへの耐性を高めています。
こうした日本の供給体制は、海外の研究機関からも高く評価されています。コロンビア大学SIPA(国際公共政策大学院)傘下のエネルギー政策研究センター(CGEP)は、日米のレアアース協定を「実効性ある供給安全保障に向けた現実的な一歩」と評価しています。特に、日本が長年培ってきた精製・分離技術や高性能磁石の製造技術、リサイクル分野での技術革新は、供給国としての信頼性を支える大きな要素とされています。
また、日本は米国やオーストラリアなどの同盟国と連携し、資源採掘から精製、加工、リサイクルまでを含む国際的な供給網の構築を進めています。CGEPは、こうした日本の「技術力と実行力の両立」が、単なる資源確保の枠を超え、戦略的パートナーシップとしての信頼を生んでいると指摘しています。
一方で、日米両国が脱・中国依存を進める上では、依然としていくつかの深刻な課題が残されています。主な論点は次の3点です。
① 精製・加工能力の偏在
レアアースの採掘自体は多くの国で可能ですが、精製・分離・合金化などの中間工程の約9割を中国が担っています。これらの工程を新たに国内や友好国で構築するには、数年単位の時間と数十億ドル規模の投資が必要とされています。
② 環境負荷と規制の問題
レアアース精製では放射性廃棄物や有害化学物質が発生し、環境保護規制の厳しい日本や米国では商業化が進みにくい状況があります。タイやマレーシアなど東南アジア諸国でも、同様の環境リスクを理由に精製施設の建設が難航しており、域内での供給網整備が遅れています。
③ コストと持続可能性の課題
リサイクルや再資源化の技術は日本が先行しているものの、採算性の確保には依然として高いコストが壁となっています。また、ASEAN諸国との協定の多くは法的拘束力を持たない覚書(MOU)にとどまり、政権交代や方針転換による不確実性も残ります。
日米両国が掲げる「脱・中国依存」は、もはや一国だけで達成できる目標ではありません。今後は、環境面・コスト面の課題を克服しつつ、ASEANや豪州など第三国を巻き込んだ多国間連携をどこまで実現できるかが鍵となります。
日米レアアース協定は、レアアースやリチウムなど重要鉱物の安定供給を確保するために結ばれた枠組みです。両国は、資金支援や備蓄制度、リサイクル技術の導入を通じて、採掘から精製・再資源化までを連携して進めていく方針を示しました。
資源に乏しい日本がパートナーに選ばれたのは、技術力と信頼性の高さに加え、アジア地域で安定した生産・流通拠点を築ける点が評価されたためです。日本の精密加工技術や環境基準の高さは、今後のサプライチェーン強化において重要な役割を果たすと見られます。
一方で、精製設備の不足や環境コストの上昇といった課題は依然として残されています。今後は、同盟国間の協力をさらに拡大し、実効性のある供給体制をどこまで構築できるかが焦点となるでしょう。
【出典】
The White House United States-Japan Framework
For Securing the Supply of Critical Minerals and Rare Earths through Mining and Processing
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/2025/10/united-states-japan-framework-for-securing-the-supply-of-critical-minerals-and-rare-earths-through-mining-and-processing/
JETRO 中国、レアアース輸出管理の関連規制を強化
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/10/3604e5b18bf9755d.html
CSIS China’s New Rare Earth and Magnet Restrictions Threaten U.S. Defense Supply Chains
https://www.csis.org/analysis/chinas-new-rare-earth-and-magnet-restrictions-threaten-us-defense-supply-chains
Center on Global Energy Policy at COLUMBIA
https://www.energypolicy.columbia.edu/how-the-us-japan-critical-minerals-partnership-is-a-long-overdue-step-toward-real-supply-chain-security/
経済産業省 鉱物政策を巡る状況について
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/mining/pdf/001_03_00.pdf
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