銀は古来より通貨や装飾品として親しまれてきましたが、近年は再生可能エネルギーや電子産業などで需要が拡大し、資源としての存在感を再び高めています。しかし、その供給は多くが銅や亜鉛の副産物に依存しており、価格動向だけでは増産が難しい構造的な課題を抱えています。本稿では、世界の主要な生産国と企業、そして銀供給に関する課題や今後の展望を解説します。
銀の生産は一部の国に大きく偏っており、世界の供給構造を理解するうえで国別の状況把握は不可欠です。以下のランキングでは主要な生産国が示されていますが、それぞれの国には地質的な強みと同時に固有のリスクも存在します。
世界の銅生産国ランキング(2023年)
出典:Nasdaq Top 10 Silver-producing Countries
世界の主な銀生産国ここからは上位国ごとの特徴を見ていきます。
メキシコは世界最大の銀生産国で、2024年の生産量は約6400トンと世界全体の2割近くを占めています。16世紀以来「銀の山」と呼ばれる鉱山群が発見され、現在もその地位を維持しています。地質的に火山帯が広がり、表層に良質な鉱床が多く形成されたことが大きな要因で、近年は地下深部を探鉱する技術の進歩も供給力を支えています。
1993年のNAFTA加盟で外資規制が撤廃されると、カナダや米国企業が積極的に進出し、世界最大級のペニャスキートや老舗のフレスニーヨなど大型鉱山が稼働を続けています。主要地域はサカテカス州やドゥランゴ州で、フレスニーヨ社やニューモントが生産を牽引しています。
一方で水資源の制約や地域住民との摩擦といった課題も抱えますが、豊富な鉱床と外資の継続的な投資を背景に、今後も世界の銀市場をリードしていくと見込まれます。
中国は世界第2位の銀生産国で、2024年の生産量は約3715トンと世界全体の13%を占めています。2018〜22年は横ばい推移でしたが、直近の2023年には前年比マイナス7.5%と落ち込みました。それでも2023〜27年には年平均3%成長が見込まれており、今後は回復基調にあります。
特徴的なのは、銀の多くが銅・鉛・亜鉛などの副産物として回収される点で、このためベースメタル市況が銀供給を左右します。加えて中国は加工国としても存在感が強く、銀製造量は世界の18%を占めます。特に太陽光パネル向け需要が旺盛で、国内消費は世界最大規模に達します。
主要地域は河南省や雲南省、内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区などで、江西銅業やシルバーコープ・メタルズといった企業が生産を牽引しています。一方で環境規制や鉱石品位低下によるコスト上昇が課題ですが、最大の消費国かつ加工拠点として、今後も影響力を拡大していくでしょう。
ペルーは世界3位の銀産出国で、2023年には約1億ozを産出し世界全体の12%を占めました。過去数年は減産傾向にあり、2023年も前年比マイナス4.4%となりましたが、2023〜27年には年平均1%の成長が予測されています。
最大の強みは推定9.1万トンという世界最大の埋蔵量で、将来的な供給力に余裕がある点です。主要企業にはボルカン(Volcan)、グレンコア(Glencore)、ネクサ(Nexa)、ホクシールド(Hochschild)、ブエナベンチュラ(Buenaventura)などがあり、グローバル企業が参入しています。代表的な鉱山として、アンタミナ(年間1263万オンス)、トロモーチョ(706万オンス)、インマクラダ(535万オンス)、セロ・ベルデ(442万オンス)、エル・ポルベニール(440万オンス)が挙げられます。
さらにアンデス山脈一帯に多様な鉱床が広く分布し、銅や亜鉛の副産物として効率的に銀を回収できる点も特徴です。アンタミナやトロモーチョといった世界有数規模の鉱山が稼働しており、多国籍企業の参入によって資本と技術が投入され、安定した生産基盤が築かれています。
チリは世界第4位の銀生産国で、2023年の生産量は前年比13%増加し、世界全体の約6%を占めました。同国の銀の多くは銅鉱山の副産物として得られており、エスコンディーダやコジャワシなど世界有数の銅鉱山が同時に重要な銀供給源となっています。
主要鉱山にはチュキカマタ(967万オンス)、ミニストロ・ハレス(934万オンス)、コジャワシ(865万オンス)、ラ・コイパ(767万オンス)、エスコンディーダ(492万オンス)があり、いずれも世界的規模での生産力を誇ります。
生産を牽引するのはBHPやグレンコア(Glencore)、リオ・ティント(Rio Tinto)、ルンディン・マイニング(Lundin Mining)、キンロス(Kinross)といった国際的メジャー企業です。チリの強みは鉱業投資先としての安定性で、ラテンアメリカで最も信頼される国の一つとされ、鉱業はGDPの1割、輸出の半分を占める基幹産業となっています。
一方で、銀の大部分が銅鉱山の副産物であるため、銅市況に影響を受けやすい点が課題ですが、豊富な鉱床と安定した制度を背景に、今後も世界市場での存在感を維持すると見込まれます。
ポーランドは近年、世界有数の銀資源国として急速に存在感を高めています。米国地質調査所(USGS)の推計では埋蔵量は17万トンに達し、ペルーや中国を上回って世界最大規模です。2022年の生産量は約1300トンで世界シェア5%を占め、第5位に位置しました。
中心を担うのは国営企業KGHMポルスカ・ミエッジで、銅精錬の副産物として銀を効率的に回収し、2022年には1327トンを生産しました。同社は世界最大級の銀生産者としても知られ、グウォグフ製錬所ではインゴットや粒状の銀を製造し、国際市場に安定供給しています。
世界の上位企業は、それぞれ異なる歴史や資源戦略を背景に成長しており、生産拠点や技術力、事業の多角化の度合いも大きく異なります。ここからは、最新のランキングを基に主要企業を取り上げ、各社がどのように世界の銀供給を支えているのかを解説します。
世界の主な銀生産企業(2023年)
出典:VISUAL CAPITALIST MiningData Partner Ranked: Top Silver Producing Companies of 2023
メキシコを代表する世界最大の一次銀生産企業、フレスニロ(Fresnillo)は、2008年に国内資源大手ペニョーレス(Peñoles)から分社化して誕生し、現在はロンドン証券取引所に上場するグローバル鉱業会社です。親会社にあたるペニョーレスは今も約75%の株式を保有しており、同社の経営基盤を支えています。フレスニロ社は基幹銀山であるフレスニロ鉱山をはじめ、サウシート鉱山、サン・フリアン鉱山など複数の主要鉱山を運営し、銀のみならず金・鉛・亜鉛の副産物も手掛けています。
近年では、カナダのマグ・シルバー(MAG Silve)r社と共同でサカテカス州のフアニシピオ鉱山を開発し、同鉱山は2023年に約941万オンスの銀を生産しました。こうした大規模な事業展開により、同社は世界の銀市場において圧倒的な存在感を維持しており、メキシコ経済にとっても欠かせない鉱業グループとなっています。
KGMHポルスカ・ミエッジ(KGHM Polska Miedź)は、ポーランドを代表する国営の銅・銀生産企業であり、近年は世界最大級の銀生産者として国際的に位置づけられています。2024年には1341トンの銀を生産し、World Silver Survey 2025では「世界最大の銀鉱山」と認定され、総合でも第2位の生産者にランクインしました。主力はポーランド南西部に位置する銅鉱床で、銅精錬の過程で副産物として銀を効率的に回収しています。
同社はグウォグフ製錬所で銀をインゴットや粒状に加工し、国際市場に安定供給しており、製品は宝飾や金属加工業向けだけでなく、金融機関向けにはバーの形でも流通しています。さらにロンドン貴金属市場協会(LBMA)のGood Delivery認証や米国COMEXの認証を取得しており、品質と取引の信頼性が保証されています。KGHMはワルシャワ証券取引所に上場し、従業員数は3万4000人以上。欧州にとどまらずアメリカ大陸にも資産を持ち、世界の銀市場で重要な役割を果たしています。
ヒンドゥスタン・ジンク(Hindustan Zinc)は、インドを代表する非鉄金属企業であり、同国最大の銀生産者として世界市場でも存在感を高めています。銀は主に亜鉛・鉛精錬の副産物として回収され、純度99.9%以上の高品質製品を生産。ロンドン貴金属市場協会(LBMA)のGood Delivery認証を持ち、国際的な信頼性を確保しています。2002年にインド政府が部分的に民営化して以降、HZLはVedantaグループの傘下で急成長を遂げ、生産量は20年余りで約20倍に拡大しました。
近年は設備投資を積極的に進めており、ウッタラカンド州の精錬所拡張により年間生産能力は従来の800トンから1120トンへ増強され、2025年には1500~2000トンを目指しています。また、インド初となる廃棄物リサイクル施設を導入し、廃棄物から年間27トンの銀を追加回収可能とするなど技術革新にも注力しています。製品は30kgバーや1kgバー、粉末など多様な形態で供給され、国内の宝飾需要に加え、電子部品や太陽光パネルなど産業用途の拡大を背景に、今後も成長が期待されています。
世界の銀供給を支える国や企業も、避けて通れない課題に直面しています。最大の生産国であるメキシコでは、新たなロイヤルティ税の引き上げや環境規制の強化が進み、コストの上昇を招いています。さらに許認可手続きの複雑化や資源ナショナリズムの動きによって投資家の信頼が揺らぎ、約69億ドル規模の投資が停滞するリスクも指摘されています。
ペルーでは鉱石品位の低下に加え、地域社会との衝突や抗議活動が生産の大きな足かせとなっており、安定供給に課題を抱えています。中国でも同様に環境規制の強化が続き、その結果いくつかの鉱山が閉鎖に追い込まれました。国内需要が生産を上回ることで輸入依存度は高まっており、貿易摩擦や規制変更があれば価格変動リスクが一段と増します。
銀の生産が上昇しているポーランドも例外ではありません。埋蔵量は17万トン規模と世界最大級ですが、採掘や精錬には高度な技術と長期的な投資、そしてインフラ整備が不可欠であり、短期的に供給拡大へ直結するわけではありません。こうした課題はいずれも世界の供給構造に影響を及ぼす可能性が高く、投資家にとっては注視すべきポイントとなっています。
現在、銀は再生可能エネルギーや電子産業を支える戦略資源へと姿を変えています。メキシコ、中国、ペルーといった主要生産国やフレスニロ、KGHMなどの大手企業は世界市場を牽引する一方、環境規制や地域摩擦、資源ナショナリズムといった課題を抱えています。
こうした制約は供給の不確実性を高める要因となりますが、同時に需要は太陽光発電や電気自動車の拡大によって今後も伸び続けると見込まれています。限られた供給と拡大する需要という構図のなかで、銀は産業の持続的成長に不可欠な存在として、その重要性を一層強めていくでしょう。
【出典】
Global Data Production of Silver in China, 2021 - 2029 (thousand ounces)
https://www.globaldata.com/data-insights/mining/production-of-silver-in-china-1092481/
Mining Technology Silver production in China and major projects
https://www.mining-technology.com/data-insights/silver-in-china/
Trade.gov.pl Poland at the forefront of the world's silver reserves
https://www.trade.gov.pl/en/news/poland-at-the-forefront-of-the-worlds-silver-reserves/?utm_source=chatgpt.com
VISUAL CAPITALIST MiningData Partner Ranked: Top Silver Producing Companies of 2023
https://www.visualcapitalist.com/dp/si01-silver-mining-companies/
IPMI Hindustan Zinc targets ramp up of silver output using new technology
https://www.ipmi.org/news/hindustan-zinc-targets-ramp-silver-output-using-new-technology
FIRST GOLD More Mining Trouble in Mexico: Silver Production Under Threat
https://firstgold.com.au/more-mining-trouble-in-mexico-silver-production-under-threat/
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